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タイ支社長 ナンナパス・チャウィーポジュカムジョルン
7月30日、タイ国スワンナブーム空港から、こういち教授とわたしはシンガポールのチャンギ空港に無事降り立ちました。GRIPケララ社理事長昌教授がチャンギに現れました。彼とお会いしたのは2度目です。相変わらず優しい方でした。
わたしたち3人は21時5分にケララ州トリバンドラムに到着しました。タクシー運転手のサブさんがいつものようにわたしたちを拾いに来ており、トラバンコール・ヘリティジ・ホテルにチェックインをしました。かれはいつもわたしたちの面倒を見てくれ、時には良い通訳でもあります。あたかも、わが「夢のティーム」の一員かのようです。そうなればうれしいな!
7月31日、トリバンドラムの中心街にあるインド州立銀行に行き、お金を引き出しました。こういち教授は銀行の階段から転落しました。それはあまり高いものではなかったのですが、彼が歩けなくなるかと心配しました。幸いにも彼は奇跡的に徐々によくなりました。なにしろ彼はこの旅行のマスターキーでもありましたし、彼なしでは何もできませんし、気ばかり焦ってこれから出会うだろうわたしたちの子どもたちに何かやりたい・・・ショーは進めなければなりませんからねえ。
8月1日、わたしたちはサブさんの車でイデキ地方に行きました。わたしたちは、三つの施設の子どもたちに、ビショップの教会堂の麓にあるお菓子屋さんで、たくさんのケーキやキャンディを買いました。
夕方「平安の館」(「ホーム・オブ・ピース」)に着いたら、ビショップ・アラケルやロイ神父が、恐縮にも、挨拶にやって来ていただきました。そこで美味しい夕食と夜を過ごしました。正直、ビショップはこの時間とても忙しいことを知っていました。なのに二度までもわたしたちを訪問してくれて忙しい時間を共有してくれたことは、わたしたちはあたかもビショップのVIPになったかのように思いました。うれしかった!!
【 平和の館の子ども達】 【左からナンナさん、ビショップ・アラケルさん、理事長】
わたしにとって身障児の訪問は2度目でした。最初はタイ国でした。今度が2度目です。夜には、可愛い子どもたちに会いました。わたしたちは部屋の真ん中に座りました。すてきな子どもたちは座って、わたしたちにたくさんの歌を歌いだしました。ある男の子が歌うのから一人外れていましたので、一人のシスターが彼の所まで歩いて行きました。そうやって彼は木製のベンチのところに行って、彼の手からある音楽が奏でられ始めました。彼の手は不自由だけど。一所懸命わたしたちのために音楽を演奏しようとしていました。このとき、わたしは涙が溢れてきました。
その後、わたしは心を込めてお返しをしました。わたしはわたしの歌に合わせてアヒルのように歌い歩いたのです。昌教授もこのアヒル歩きの末尾に参加してくれました。彼らはわたしと共に楽しさを分かち合ったたものと思います。比較的に幸運にも、わたしたちは健常な身体をもっています。わたしは彼らとの良き思い出を心に留めて、毎年ここに来たいなあと思いました。これが真実の人生というものです。1万ルピーを寄金しました。来年、そして毎年もっと寄金ができたらなぁと思いました。
8月2日、わたしたちは「ひろみメモリアル・ホーム」を訪ね、シスターや何人かの子どもたちと会いました。大部分の子どもたちは丘を歩いて学校へ行きました。その時、わたしたちに「バイバイ」といっせいに言って、それってとてもすばらしかった、ちっちゃい子だけが残っていました。この子たちは小さくてまだ学校に行けないのです。わたしたちは彼らの歌声に楽しくなりました。文房具代として1万ルピーを寄金しました。
【ひろみメモリアルホーム・ホームの子ども達】
それからクムリに行き、アンバディホテルにチェックインしました。次は「ナヴァジーバン山岳民族少女寮」でした。夕方、山岳民族の少女たちを訪ねました。わたしの人生で、野辺に咲くたくさんの花をいただいたのは初めての経験でした。豪華な・有名な花屋さんである必要はありません。花たちはこうも純粋に新鮮で美しいのですから。純粋に美しい花は山岳民族の女の子の純粋な心からのものですから。なんて幸運で幸せなんでしょう、わたしって。
わたしたちは一緒に楽しみました。どれもこれもすてきな歌が、山岳民族のスタイルのダンスも含めて、彼らによって演奏されました。少女寮全体に1万ルピーを寄金しました。わたしは? もちろん!わたしはここでも歌いながらのタイの子どものためのアヒルの行進を、すべての女の子たちとチューターの若い女性をも巻き込んでやりました。
YOUTUBEをご覧下さい。
8月3日、トラバンコール・ホテルにもどってきて翌日4日の「ケアプラス」へ行く準備をしました。
8月4日、わたしたちは医科大学の癌センターにある「ケアプラス」の子どもたちに会いに行きました。一人の少女がすてきな貝殻で、ネックレスや指輪を手作りしたものをくれました。一人の少年からすてきな詩を、一人の小さな少女からすてきな手書きの絵をいただきました。お返しなんか要らないのに、ただあなたがたができることだけすればいいのです。それで十分なのです。彼らみんなわたしたちに会うために待っていたので、今朝は学校に行けなかったのです。オー、ありがとうございます。3万ルピーを子どもたちに奨学金として、1万ルピーを文房具代としてケアプラスの団体に寄金をしました
【ケア・プラスの就学支援している子ども達】 【事務局長、職員、子ども達、母親】
この日の夕方、わたしたちはプラビーン氏と彼の家族と共に、市の中心街にあるすてきなレストランで夕食をしました。率直に言って、わたしたちがケララに着く前に、彼はケララの多くの人々、たとえば、アラケル司教、ロイ神父、平安の館、ケアプラスなどに、わたしたちの代わりにコンタクトをとってくれていたのです。彼はケララの大きな会社で働いていますし、つねに忙しいのです。というのは夕食中も彼の携帯からひっきりなしに着信音が聞かれましたので、彼はわたしたちと旅をできないのです。けれども、わたしたちのために時間を割いてくれます。ほんとうにありがとうございます。彼もまたGRIPケララ社の主たるキーパーソンの一人であると、わたしは思います。
8月5日、わたしたちは、グリップケララ社会員であり、トリバンドラムに住んでいるまゆみさんという友人に会って、オーガニックコットンの織物工場に一緒に行きました。
8月6日夕方、新築のトリバンドラム空港から飛び立って、トランジットのシンガポールのチャンギ空港に向かいました。
8月7日午前8時35分に、スワンナブーム空港に安着しました。わたしは、わたしたちを待っている子どもたちがいるのですから、毎年行きたいと願っています。
・・・どうぞ わたしたちを待っていてくださいね、ね?
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